『マルクスの素顔』ーマルクスたちは自由と民主主義をもっとも重視した
市橋秀泰(いちはし・ひでやす)さんの著書、『マルクスの素顔』という本を購入したまま積読になっており、結局読み終えたのは11月に入ってからでした。
市橋さんによると本書は、野党共闘の進展を阻害する1つの攻撃が昨年の総選挙の際に非常につよまり、実際にそれが大きな否定的な影響を及ぼしていたことから、研究者としてこれを打開する必要性を感じ、この夏の参院選に間に合うようにと緊急に出版こぎつけられたとのことです。
市民と野党の共闘は新たなステージに入っているわけですが、それは2015年の安保法制の強行を節に、日本共産党が野党共闘と政権交代へむけて本格的に選挙協力へ踏み出したことが端緒です。それが一定の成果を勝ち取り、自民党政権側も無視できない力を発揮してきたことから、この野党共闘への攻撃、共闘分断の攻撃も一層強まってきたのです。
そして、昨年秋の総選挙(2021年)にそれが強く現れました。具体的には、「資本主義を否定する日本共産党と共闘するなどおかしいではないか」「民主主義否定の独裁をめざすのが共産党だ」「中国を見よ!、北朝鮮を見よ!、ロシア(ソ連)を見よ!」という言葉が、立憲民主党などの政党や結集する市民の側へと投げつけられ、共闘へ二の足を踏む状況を生みました。「連合」の芳野会長の言動はそれを象徴するものでした。
実際の選挙の場面でも、日本共産党側から野党統一候補になっている選挙区の応援に入っても、候補者と共にステージに立てないといった場面もしばしばあったようです。
こうした権力側からの力が働きこれに十分共闘側が反撃できなかった結果、21年総選挙は野党共闘の成果も限定的なものとなり、日本共産党も議席をへらす結果となりました。野党共闘の崩れは、自民・公明の政権与党勢力に対して有利に働いたことは言うまでもありません。ここには、日本共産党と共闘する相手側の中(と言うより、日本全体にある一般的な認識です)に、共産主義そのものへの誤解、日本共産党の歴史や綱領に対する認識がまだまだ不十分だという現状があります。そして、敵側の根も葉もない攻撃のたびに、揺らいでしまうという実情がかなり広く横たわっているという問題があるのです。
そこで、市橋さんは、科学的社会主義の理論や運動を切り拓いたカール・マルクス、フリードリヒ・エンゲルスの著作から、流布されている「社会主義・共産主義=独裁、全体主義」「ゲバルト=暴力革命」などの根拠づけにされてきたキーワードをピックアップし、ドイツ語の原書をすべて調べ上げ、問題の単語の日本語訳の誤謬、ソ連・中国流のマルクス解釈の誤りなどを徹底追求されました。今日、日本語訳で読めるマルクス・エンゲルス全集(大月書店、著作集MEW)やその他訳書と原著とを比べながら1つ1つ調べ上げています。詳細は省きますが、マルクス・エンゲルスが、民主主義の拡大のためにもっとも徹底して追求し実践したこと、民主主義を圧殺する当時のヨーロッパの支配勢力に対して正面から対峙してきたことなど実際の運動を紹介しながら、その中で、彼らが目指した「共産主義」とは、自由と民主主義を徹底したその先にこそ実現できるものだという考えが一貫して述べられていることを論証しています。
その昔、日本の新左翼・極左学生集団が、暴力で革命を起こすなどといって大騒ぎしたことがありました。かれらは、通称「ゲバ棒」というものを用いて、機動隊や極左セクト間の対立でそれを振り回し、多くの犠牲者をだしました。この「ゲバ棒」の語源は、ドイツ語の「Gewalt(ゲバルト)」ですが、その根底には『共産党宣言』(1848年)が、戦前日本語訳された際「Gewalt(ゲバルト)」を「暴力」と訳した問題があるというのです。また、戦後になってソ連や中国の側から日本の運動への武力革命路線の押しつけという外圧もあり、これも大きく影響しただろうと思います。レーニンの古典(『国家と革命』)でも、武力革命を社会主義・共産主義の運動へ一般化する誤った規定があることも、今や常識になっています。
しかし、マルクスやエンゲルスは暴力革命どころかその真逆の道を追求します。イギリスでのチャーチスト運動の意義を高く評価し、普通選挙権実現の運動に積極的に参画しました。そして、社会革命は、かつてのような自覚した一部の少数者による武力革命ではなくて、多数の人民が社会の矛盾の問題点を捉え、選挙権の行使による議会での多数派形成を力に、権力を人民の側に獲得していくこと、そして法制度等の改正を通じ、社会のあり方を平和的に変えていくという立場に到達し、それを生涯貫きます。
『共産党宣言』にある、共産主義社会を一言であらわした言葉があります。「各人の自由な発展が、万人の自由な発展の条件であるような一つの結合社会」と書き記しました。王政・皇帝支配がいわば人民を抑圧した全体主義です。そうした全体主義を否定し、民主主義を広げ、人民の意志が選挙という形で政治に反映するもっとも高度な政治制度、つまり「共和制」をめざしたのがマルクスたちです。「共産主義は全体主義だ」などという議論はまたったく成り立たない主張であり、そこのことを本書は丁寧に解き明かしているのです。
画像(まえがき)にあるように、この本は、社会主義・共産主義を肯定しないという人こそ、読んでもらいたい内容になっています。皆さんにお勧めしたいと思います。
『マルクスの素顔』市橋秀泰著 かもがわ出版 2022年6月 1,980円