2023年2月7日

いかなる独裁体制も不死身ではない ジーン・シャープ

投稿者: hi_sakamoto
1月、Eテレの番組「100分de名著」『独裁体制から民主主義へ』が放映されました。番組を録画し忘れたりして第一回目を観たのみですが、NHKのテキストは入手して読んでみました。
昨年のウクライナ戦争が起きた際、ウクライナ側は武力に訴えないほうが得策だとする意見がみられました。その主張をされている方々の中で、ジーン・シャープが提唱する非暴力闘争こそが犠牲を最小にする方法論だとするものがありました。その主張には、私も直ちに賛成はできませんが、学ぶべき点はあるのではないかと感じました。そこで4月になって、シャープの著書『独裁体制から民主主義へ―権力に対抗するための教科書』(ちくま学芸文庫)などを購入しました。その後パラパラめくったまま「積読」にしていたのですが、冒頭記したEテレ「100分de名著」でシャープを取り上げるということがわかり、NHKのテキストを入手し読んでみたというわけです。
ジーン・シャープ(1928-2018)は、戦略的非暴力闘争論を提唱し、その理論は、独裁体制から民主主義を勝ち取る運動理論として各国の実践で生かされたとのことです。
独裁政権が維持されるのはなぜか?
それは、武力(いわゆる暴力装置)である軍隊や警察が権力の側にあることは当然なのですが、企業などに働く人たち、さらには弱者と言われる人たちでさえも独裁政権を容認している現実があり、「独裁体制は永遠のものだ(転覆は不可能だ)」だという思考に置かれていることも大きな要因の1つになっています。
シャープは、これを覆すためにも、自分たちには力があることを知り(エンパワメントし)、独裁者の命令を聞かないさまざまな抵抗手段を行使し、デモのような明確な抵抗運動だけでなく(それはうまくいかないことも多い!)、不買、遅刻、時限スト、サボタージュ等々のあらゆる形態で非暴力抵抗を徹底して行うことの大切さを強調しています。
さらに、独裁者に最も近いところで仕える警察官、軍人、官僚などをも、その抵抗運動に引き寄せる努力が大事だといいます。かれらが仕える権力が崩壊し、次の新しい政権になったとしても、彼らの地位が脅かされないことを保証することの重要性も説かれています。南アフリカ共和国で、アパルトヘイト政策を転換し、大統領となった指導者マンデラ氏が、権力側にいた白人たちを新政権のもとでも重用したという事例は、説得力ある話でした。
警察官は、独裁政権の指示に従うように見せかけて、抵抗勢力の逮捕にわざと失敗したり、軍人は意図的に弾丸が当たらないように発砲したり、戦車の燃料を入れ忘れたりと、そうやってあらゆる手段と叡智を結集して、権力機構の側につく人たちのなかで抵抗運動を強め、独裁政権を揺るがしていくというのです。
独裁者の体制を維持できるのは、独裁者に抵抗しない人びとが存在しているからなのであり、権力者を足元から支える人たちの中に抵抗する勢力を作り出すことが大事なのです。

ドイツの哲学者ヘーゲルの著作の中で「主人と奴隷の弁証法」というものがあるそうです。主人(奴隷主)が主人として存在できるのは、主人の命令に従い、苦役に耐えて働く奴隷が存在しているからなのですが、見逃せないのは、その社会を支える経済的土台で労働し生産物を作り出しているのは他ならぬ奴隷だという事実です。奴隷たちが人間的生活と言えないような劣悪な環境に置かれているとはいえ、かれらの労働は自然を作り替える実践であり、それは自らを鍛え、成長させる実践でもあるのです。ものごとの法則を掴み、共同労働の中で人間的な成長と連帯感も培っていく条件にあるのが、奴隷であるとも言えます。

その奴隷が、叛乱や逃亡などでひとたび主人の命令をきかなくなれば、主人の地位がとたんに危うくなり、脆くも崩れ去るという結果をうむのです。主人がいなくても、自分たちの力で社会を運営し、自らの食い扶持を作り出すことができることに気づいた瞬間、主人と奴隷という関係が逆転するのです。強固な主従関係に見える両者は、実は違いに否定しあいながら、互いにその存在を前提としているという不思議な関係にあります。しかし、その関係を維持することが客観的に難しい局面に入った時(奴隷がこれ以上我慢ならない限界点に来た時)に、必ずこの矛盾が原動力となって新しい局面を作りだすのです。こうした状態を、弁証法的矛盾と表現します。現実にある矛盾が、新しい状態を作り出す原動力になっていることを、「主人と奴隷の弁証法」として言い表したのです。

ジーン・シャープは、非暴力抵抗闘争の勝利の保障は、理不尽な現状(独裁政権、外部からの侵略など)への、人民の徹底した抵抗心、あるいは侵略を許さず祖国を防衛するのだという固い団結力、現状を打開する見通しへの確信だというのです。「この立場で粘り強く戦い抜けば、時間はかかるかもしれないが、そして多少の犠牲もありうるが、解放を必ず勝ち取ることができる」という確信に培われたたたかいこそが大事だと強調したようです。

NHKの同テキストで紹介されていましたが、近年の研究では暴力的抵抗による改革の勝率が26パーセントに対し、非暴力闘争による勝率は53パーセントにのぼるのだと紹介されていました(p.92エリカ・チェノウスとマリア・ステファンの研究、2011年)。
また、日本国憲法が培った日本の平和主義的な感覚が、ジーン・シャープの闘い方を受け入れる素地を作っているとの指摘も大事だと思いました。(p.104)
大変印象的な講座で、これは独裁政権のもとでの解放運動、侵略者を許さない被侵略国家の人民のたたかいの方法論にとどまらず、民主的な制度(普通選挙制度のある社会)でも、大事な観点を示していると思いました。今日の日本での社会変革を考えていくうえで、大いに参考になると思います。