2021年7月11日
ブラック企業がなくならないのは、ストをしないからだ!
『ストライキ2.0』(今野晴貴、2020年)を読んだ。
ブラック企業がなくならないのはストをしないからだ!という帯のキャッチコピー。
なかなか的を射ていると思う。ストライキを打つことの根源的な意味や、その今日的な意義、労働者のたたかう力が相対的に弱い日本でも近年新しい形でストライキが打たれ成果をあげていることなどが紹介されています。
そこで思ったのは、「オリンピックが止まらないのはストをしないからだ!」と言えるのではないかということです。
以下、感想的に。
労働力の安売りをコントロールすると同時に、人間らしい働きを守る
資本家と労働者との力関係は歴然としているので、労働者の側が団結して自分を安売りしてしまわないようにコントロールする。労働組合など労働者が団結して交渉し、時にはストライキを打って要求を実現していくのです。
AIの発達で機械のアルゴリズムに従って労働者を動かせるようにすれば、使う側からすれば最も効率が良いかもしれませんが(Amazonの倉庫の仕分け労働、Uber eatsで働く人々など)、労働者からは主体性が奪われてしまいます。自分の力を製品やサービスとして社会に生かせることを実感してこそ、働きがい、生きがいを持つことができるのですが、指示(しかも機械に!)されて動くだけは、奴隷と変わらないのです。人としての存在を守るということも、労働力を安売りしないために団結するということ以上に、大事な要素なのだと思います。
著書の中で、近年の日本でも労働者が理不尽な労働環境に対して、ストを打ってたたかい、労働条件を改善させたという事例をいくつも紹介しています。
2019年の佐野SAストライキ(東北道)や2018年自動販売機の補充労働者のストライキ、2019年東京都私立高校の教員がストライキなど、記憶に新しい労働争議で、SNSなどを駆使して理不尽な会社側の対応を告発しながら世論を味方につけて勝利しています。
社会的不正義に対し、ストライキでたたかう
さらに、自分の労働条件だけが良くなっても、人々を苦しめるような現状が社会で放置されていれば、それは本当の幸せとは言えないのではないかと思います。社会に理不尽な問題があれば、職場や階層を超えて人々が力を合わせてそれを阻止し、改善することも私たちに求められると考えます。例えば、低所得者の税負担を減らし、富裕層や大企業に適切な課税を求めたり、災害を未然に防ぐためにも自然の乱開発をさせないための規制をつよめるようにするなど、政治的な課題で労働組合が要求を掲げて運動し社会にアピールすることも大事な課題の1つになるわけです。
この本の中での紹介されていて、グッときたのは、ドイツの航空会社のパイロットたちがストをやって、1つの政治的問題に影響を与えたことです。紹介されているのは、難民申請を却下された移民が本国へ強制送還されそうになった際、それを阻止しようと移送のために使われる航空機の操縦をパイロットたちが拒否したというのです。日本の入管の対応の酷さを思い浮かべながら読みました。
社会的正義のために、労働者が仕事を拒否するという行動に出て、それを世論が支持し後押しする。そうやって、社会の問題、政治課題を前に動かすというわけです。
Amazon本社で労働者が気候変動対策を会社に求めてストを行った結果、CEOのペゾスがパリ協定の内容を10年前倒しして実現することや宅配車に電気自動車10万台を導入することを約束させるなどしたと紹介されています。これだけでは労働者は満足せず、引き続き要求をぶつけているそうです。
韓国では、公正な報道を求めてのストやセクハラが発生する職場環境を改善させるためにストを行い改善させ、アメリカでは教員が地域の貧困対策を求めてストを行ったなど、社会正義のために人々が団結し行動して、影響力を広げているというのです。
企業別労働組合ではなく、階層、職種ごとの労働者の団結が大事
日本の場合は労働組合が企業別組合になっているため、「企業の利益=労働者の利益」といった考え方にしばられがちで、同一産業内の労働者群がその利益や職場環境改善へ団結していくという力が極めて弱い現状があります。自分の企業利益や正社員のことしか考えられないので、他社の労働者と連帯・団結をするということが弱く、ましてや社会的課題でストをするなど考えも及ばないというのが現状でしょう。
かつての日本は安保闘争など社会的・政治的課題でゼネストを打ったのですが、今は「そんなこともあったんだ」という昔話に終わっています。
今コロナ封じ込めに全力を集中すべき時に、菅政権はオリンピック開催に突き進み、無為無策の姿をさらけ出しています。もしアメリカやヨーロッパなら、ゼネストを打ってでもこの無謀を阻止しようと立ち上がっているんじゃないかと思います。