2021年6月25日

奴隷制の廃止は我が国の利益に反するとその時は言ってた

投稿者: hi_sakamoto

奴隷船の世界史/布留川正博 (岩波新書、 2019)というのを最近読みました。

16〜19世紀にかけて、ヨーロッパ列強がアフリカ各地で集められた奴隷を、南北アメリカ大陸各地へと運び、輸出入していく壮絶な世界史を記しています。

ヨーロッパ各国からは種々の貿易品(織物、酒、武器、貴金属など)を積み込んだ奴隷船がアフリカへと出帆、それら貿易品はアフリカ各地で捕らえられた奴隷と交換されます。奴隷船に積み込まれた奴隷は南北アメリカや西インド諸島で販売され、代わりにそこで生産されたコーヒーや砂糖などと交換され、ヨーロッパへと持ち込まれるのです。→三角貿易

アフリカ大陸西岸に「奴隷海岸」というのがあるのですが、名の通り奴隷との交換をする拠点になっていたのです。船に積み込まれた奴隷は、足かせをされ自由をうばわれて不衛生な船内で長期間の航海を強いられます。しかし奴隷がちゃんと商品として売れるように、彼らは定期的に船内で解放され、体操をさせられ健康を維持するようにされていたのです。さらに目的地に近づくと、与えられる食料は少し良くなって、直前には奴隷の体にオイルが塗られ健康そうに見えるように仕上げたというのです。

奴隷船がヨーロパを出て、再び帰国するまでにはおよそ1年かかるという長期間の行程でした。奴隷は病気にかかり一定割合で命を落とします。また、過酷な環境に耐えかねて頻繁に叛乱が起きるのですが、ほとんどの場合は水夫らによって鎮圧され、射殺されたり虐待を受けたりしました。叛乱を起こした奴隷たちが、足かせをしたまま海へと突き落とされる残虐な事件も起こったそうです。生きる展望を失った奴隷の自殺を防止するため、海へ飛び込まないよう船の周りを網で囲うなどしていたそうです。また、奴隷を監視する船長をはじめ水夫らも、航海中に病気にかかるなどして一定数が死に至るのでした。

ようやくたどり着いた地に待っていたのは、砂糖や綿花やコーヒーなどプランテーション農業における過酷な労働でした。
同じ人間に対して、こうも残酷な扱いができるのは、黒人を人間としてみない差別意識が白人の世界に作られていたからでしょう。
奴隷労働によって生産された製品は、イギリス、スペイン、フランスなどの各国へ輸出されて、人々の消費文化を支え、資本主義の発展に寄与していくことになります。奴隷労働にもとづく北アメリカでの綿花生産の拡大は、イギリス大工業の隆盛と機を一にしていたのです。

一方、奴隷貿易の廃止、奴隷制そのものの廃止を求める運動が、イギリスをはじめヨーロッパで宗教的信条を背景にして生まれ、闘われていました。また、奴隷たちが自らの解放を目指して繰り返し蜂起しますが、多くの場合鎮圧され処刑されるなどして多数の犠牲を払う結果に終わります。しかし終局の目標である解放にむけて、彼らは何度も何度も立ち上がりました。いや、やむにやまれぬ思いで、蜂起せざるを得なかったと言うべきでしょう。
仏領のある国では奴隷が蜂起し、本国フランスでの革命という特殊事情や他の列強国の植民地拡大の思惑などが複雑に絡み合い、奴隷解放を勝ち取るという事例も紹介されていて、歴史の面白さを感じます。
イギリス国内では、奴隷労働で生産された砂糖の不買運動や請願署名など市民運動が起こされて、大きな影響をおよぼしました。不買運動は反倫理的な企業行動に対する抵抗として今日でも有効ですし、フェアトレード運動の端緒ということになるでしょう。英国議会における奴隷制廃止派の議席拡大の闘争では、世論と運動を背景に一進一退を繰り返しながら勝利を勝ち取り、政策の変更へ結びつくという極めて教訓的なたたかいでした。

この闘争の中で、「イギリスだけが他に先んじて奴隷貿易を廃止したら、その隙を見て他の列強に市場をかすめとられるではないか」、「奴隷制廃止はイギリスとってマイナスだ」という奴隷制擁護派の攻撃にも晒されることになります。

「日本だけが法人税率を上げたら、他の国の産業を利する」「日本から企業が逃げて行ってしまっていいのか」と、今日盛んに喧伝されている法人税引き下げ擁護論を思い出します。「世界で一番企業が活躍しやすい国をめざす」としたアベノミクスが企業負担の低い国づくりを目指したのも同じ論理です。

奴隷貿易廃止・奴隷制廃止派はこれに反駁するために、「一国でやることが難しいというなら世界で一斉にやめてしまうことだ」、「各国国民はぞれぞれの国に対して奴隷制廃止を求める運動をさらに強めようではないか」と、国際連帯を強め実践が強化されていったのです。

世界の人民のたたかいが「人種にもとづく差別はあってはならない」という世論をさらにひろげ、各国政府等への影響力をつよめ、それぞれの国の様々な事情などとも複雑に絡みあって、奴隷貿易廃止、奴隷制廃止へと大きく歴史が進んでいくことになります。

いま、コロナ禍で人類に対して巨大な困難が降りかかり、そこから抜け出すためにも世界が協調しこれまで乗り越えられなかった問題をクリアしようとしています。先日のG7で確認された、法人税率15%以上へ引き上げ(最低法人税率を各国が協調して実施していく)ということが現実のものになろうとしているのです。ここには、一国単独では到底できないが、世界が協調すれば事態を一変させることができるということを示す実例があります。

「しんぶん赤旗」6月7日1面

「しんぶん赤旗」6月7日5面

人権や人々の命、地域を企業の横暴から守ろうとした時、当該の企業に対してだけ規制をかてはその企業の競争力を削いでしまうために、企業側の同意を得られないということがよくあるわけです。そこで、その企業と競合する企業全体(産業全体)に国法で規制を掛けてしまい、同一ルールを一気に使ってしまう方が合理的であるのです。産業や地域の範疇だけでなく、世界統一しての法規制も同じ理屈です。

『資本論』の中に、次の有名な一文があります。

 「“大洪水よ、わが亡きあとに来たれ!”これがすべての資本家およびすべての資本家国民のスローガンである。それゆえ、資本は、社会によって強制されるのでなければ、労働者の健康と寿命にたいし、なんらの顧慮も払わない」

今回、コロナ禍だからこそ可能となったとも言えますが、G7が各国共通で法人税を上げようとなったのは、そういう理屈が背景にあるのですね。